455【仮定が「現実」に置き換わったら?】
恐竜が繁栄していた6600万年前、ユカタン半島先のメキシコ湾に小惑星が衝突した。
この衝突の衝撃により大地は破壊され焼き尽くされた。
小惑星の落下地点は硫黄化合物が豊富な地域であったため、
そこからガス状の硫黄と二酸化炭素が噴出し、その後、何十年にも亘って太陽光を遮り、
植物の光合成が減少し、酸性雨が降り注ぎ、恐竜を含む地球上の生命の大半が消し去られた。
この衝突が30秒ずれていれば、他の場所に落下し被害はずっと少なかったかもしれず、
恐竜を含む多くの生物は消滅せずに残り、恐竜時代は延々と続くことになり、
もしかすると人類の誕生は無かったかもしれない。・・・そうとも言われています。
つまり、小惑星の衝突は偶然であり、この地に衝突したことは更に偶然であります。
偶然は偶然と思っていましたが、確率の問題はあるとしても、それでも現実に起こり得る。
偶然があるなら「たら」「れば」もあるかもしれない。・・・いやあってほしい。
“たら”“れば”には「if」が付く。・・・そう、「もしも何々であれば」という仮定の話です。
つまり、事実とは無関係な仮定の話。また、事実とは異なることを仮定してする後悔。
そして、してもしかたがない話という意味で使われることが多い。・・・とされています。
その仮定の話に、偶然という現実が重なったらどうなるのでしょうか⁉
偶然は、「if」という仮定を覆(くつがえ)し、現実となって結果を導き出しはしないか⁉
・・・それは、あなたの信ずる心に潜んでいると思うのです‼
・・・私は少数派ですから、もちろん信じますが、
それにしても、起こり得ないことが起きてしまうのは、
何というのか、いかがなものですかね⁉・・・ようわからん‼