癌と付き合う Simojiさん(折々の想い)

お役に立つかどうかは分かりませんが、折々の想いを

909-2024/02/05

 

 服薬を開始して3日目。目立った変化はありません。口内炎は少し回復しました。手の平の痛みはあまり違いはありません。足の裏の痛みは少しきつくなっています。

 

 まあ、心やお脳の働きは正常に近く、この程度の体調では全く問題はありません。ですが、ため息は出ます。この先どうなるんだろう? そう考えると・・・。

 

 でも、皆んな身体の動きは鈍くなる。ただ、私の場合は、少し苦しみが伴うだけのことだ。そう、思い直して、一旦、心配事を遠ざけることにします。

 

 午後から明日にかけて、雪が降るという情報が流れています。皆さんお気を付けください。ここで気を付けるのは、気持ちの問題だけではありません。

 

 実際に行動が伴わないと何にもなりません。例えば、橋の上、横断歩道、歩道橋、お店の出入口などは滑りやすく、歩幅を狭くして、ユックリ歩くことが必要だと言われています。でもそれだけでは心もとないと思います。

 

 問題は、歩くにはそれを受け止める側の『履物』も重要です。靴の裏が平べったい履物ではなく、ギザギザの山があるものを用意すべきです。滑り止めのアイゼンなどもあります。さらに、防水の靴をお薦めします。

 

 これ等のことは、皆さんお考えの事と思いますが、実際に行動に移して、お手元に用意なさっておいでになるのでしょうか?

 

 ・・・「心配する」ということは、「実際に行動する」ということだと思うのです。

908-2024/02/03

 

 今日から、また、投薬が再開し、愚痴と吐露の日々が続くと思いますが、皆さんとは関係の無いことですので、どうぞお気兼ねなく毎日をお楽しみください。

 

 今日は節分、明日はいよいよ立春。まだまだ寒い日は続きますが、春には違いありません。Spring is here again. 初めて習った英語です。

 

 春が再びやって来た。そう、♪めぐるめぐるよ時代は巡る、分かれと出逢いを繰り返し、今日は倒れた旅人たちも、生まれ変わって歩き出すよ!

 

 春は、倒れた旅人たちも生まれ変わって歩き出すのです。・・・こんな歌詞にも敏感になるのです。生と死は紙一重な瞬間だと思うのですが、これがまた分厚い紙であって、その狭間で藻掻くわけです。

 

 ところで、恵方巻を食べましたか? 私は早い方が良いかと思い、昨日、食べました。

 「太巻き一本を、恵方の方向を向いて食べきる」と言われますが、とてもではありませんが、食べきれるものではありません。ハーブサイズでも到底、無理です。

 

 そこで、一般的な小分けされたサイズの太巻きを食しました。・・・これでは恵方巻にはならないのかもしれませんが、恵方巻にも諸説あると勝手に考えています。

 食べ方も、「恵方の方向を向いて、黙って食べる」とか「笑いながら食べる」なんていう説もあるようですから、「そう思ったらそれでいい」と、思い込むようにしています。

 

 ・・・おかしいでしょうか???

907-2024/01/31

 口が痛い。手の平が痛い。足の裏が痛い。ここのところ特に痛みがひどく、心も萎え萎えになっています。肉体が痛み続けると、心ばかりかお脳までグタグタになってしまいます。

 

 いよいよ歩けなくなるのではないか? いよいよ寝たきりになってしまうのではないか? そんな恐怖が押し寄せ、更に身体全体までが動かなくなってしまうようです。

 

 毎日、薬を付けて自分なりに治療しているのに、日に日に心がしぼんでしまう。それはまるで、いつの日か命までもが、終わりになってしまうような、そんな殺気にあふれています。

 

 そんな情けない毎日を送っていましたが、一つの仮説を思いつきました。それは、後になって考えてみると、仮設ではなく現実の事のような気がします。

 

 それは単に副作用の問題だけではなく、血の巡り、つまり血行が良くないのではないか? 余り歩くこともしなくなり、椅子に座って過ごす毎日が多い。これが影響しているのではないか。そんなふうに思われたのです。

 

 そこで、先ず「貧乏ゆすり」から始めてみました。何となく足が暖かくなったような気がしました。

 次に「かかと落とし」を試みました。何となく痛みが薄らいだような気がしました。次に「足全体」を動かしてみました。気分的に足が軽くなったような気がしました。

 

 「これは効き目がありそうだ」そう思いました。思っただけではありませんでした。現実に効果があると実感しました。

 午前中は、とてもではありませんが、外出なんて考えられませんでした。しかし、時間が経つにつれ、足を動かすにつれ、「これなら、外に行けそうだ」そう思えるほど効果がありました。

 

 やっぱり身体は動かさなければ駄目だ。そう思って靴を履いてみました。多少の痛みはあるものの、「これなら歩ける」そう思って、近くの回転寿司に行って来ました。

 

 足の潰瘍は血行障害から起こりやすいようで、エコノミー症候群などの防止にしても、やっぱり絶えず動かすこと、絶えず歩くことが必要のようです。

 

 ・・・もしもそんな症状が起きたら、是非、試してみてください‼

906-2024/01/27

 

 やっと、1週間が過ぎました。「やっと」とは、1週間が長かったという意味ではありません。どちらかというと、『ようやく』とか『どうにか』ということです。

 

 最近は、薬から解放されても、直ぐに体調が戻るわけでもなく、しばらく動きが「まともではない」日々が続きます。これが「日常」です。

 

 「足のかかとが痛い。手の平が痛い。」と愚痴を言ったところ、愛娘が靴屋さんに連れて行ってくれました。

 靴は、履いたとき足全体を包み、かかとも、しっかり固定されているように思え、私の希望にあうような靴はないんじゃないかと、余り期待をしていませんでした。

 

 ところが、愛娘があちこち探してくれたところ、妙にフィットする靴がありました。同じような靴を二つ見付け出してくれ、両方を交互に履き比べ、アウトドア・ブランドの「GERRY」の靴を買ってきました。

   

 ⇦かかとをつぶしても問題なく歩けます。

 

 買った靴は、足全体を包むようにフィットし、かかともしっかりホールドしてくれ、それでいて、かかとをつぶして歩いても全く問題なく、100%期待に沿うものでした。

 あるところには、あるものなんですね。私の知らない世界は無限大にあるんだと、色々なことに可能性を見い出せそうな気がして、とっても嬉しくなりました。

 

 ・・・これって『トキメキ』にカウントできますか⁉(笑)

905-2024/01/24

 

 前回の投稿から1週間がたってしまいました。特に変わったことはありません。

 1月は行ってしまう。2月は逃げてしまう。3月は去ってしまう。全くうまいことを言ったものですね。

 

 その通り、月日はアッという間に過ぎ去ってしまいます。月日が早く過ぎるということは、それだけ長く、生きていることにも繋がりますが、その半面それだけ早く寿命に近づくということにもなります。

 

 どちらのことを思うのかは皆様にお任せしますが、とにかく1日が、1週間が、1か月が、1年がとても早く感じます。

 前にも書いた通り、「月日が早く感じるのは、トキメキが無いからだ」と言われますが、今更、トキメイテいる場合ではないとも思えるのです。

 

 毎日を精一杯、生きていることだけでは、『トキメキ』にはつながらないのでしょうか。・・・どう考えても、「精一杯、生きる」ことしか思い浮かばないのです。

 

 まあ、「毎日を、精一杯、生きる」。それが出来れば、今の自分にはそれが精一杯のことで、『今の自分「が」100点満点』そう思って、生き抜くことにしたいと思います。

 

 ・・・1日を長く生きるほど、やることも無いんですがね。

 

 ・・・何は無くとも「精一杯」を、「長く生きること」につなげたいですね。何は無くとも「精一杯」‼ ビバ!「精一杯」‼

904-2024/01/17

 

 今日は、毎日の副作用は別として、何となく体も楽だし、ダルさもさほどでもないことから、買い物に着いて行きました。

 グタグタ愚痴を言っていると、モヤモヤが吐き出され、さっぱりするのかもしれません。

 

 仕事にしても、世間付き合いにしても、『愚痴』を言うと、冷静にもなり自己分析も出来、元の自分になれるような気がします。

 現実的に、気が滅入っているときに、『愚痴』を吐き出すと、何かさっぱりして、気分的にも楽になることが、多いのに気づきます。

 

 そんなわけで、どちらの自分が本当なのかは別として、大いに愚痴ろうと思います。まあ、愚痴を言っている時が、『本音』で、冷静を装っているときが『建前』のような気もしますが、それはそれでどちらでも良いことと思います。

 

 『愚痴』を言って気が晴れるのなら、誰にも迷惑をかけるわけでもなく、お金もかかるわけでもないので、自由に大手を振って言うべきだと思います。

 『愚痴』を誰かに向かって行っているときは、聞かされる者にっとっては、それなりに迷惑なのかもしれませんが、それはそれとして、「ああ、大変なんだな」とかわしておいてください。

 

 そんなわけで、私は『愚痴』を大いに言うことによって、自分をコントロールしているのだと思います。どうか、大きな心で「聞き逃し」てやってください。

 

 それにしても、こんな時に、とんでもないシッチャカメッタカなことをしていても、支持率が上昇しているなんて、『愚痴』だけでは済まされませんね。

 

 何で、近頃の若い人たちは、「怒らない」のでしょうか? ・・・これは老人の『愚痴』であります。失礼‼

903-2024/01/16

 ウ~~~ン! 4日目か。それにしてはダルイ。かかとが痛い。手が痛い。口内炎が痛い。どうにかならんものでしょうか??

 最近、思うのですよ。色々と体への変化が気になのです。このまま徐々に衰退して行くのか!・・・何となく、「元気な内に、かたづけておかなければならないこと」よりも、「自分のこれからの先々のこと」を考える方が先なのか?

 

 そんなに遠くなく、終焉を迎えるのは確かです。寿命が先か? 副作用が先か? はたまた癌が先か? いずれにしても健康な人より、『近々』は短いはずです。

 「やっておくべきこと」が先か、それとも「終焉の迎え方」が先か? まあどちらにしても『終焉』に向かっての話ということになるわけですが・・・

 

 「フト」、「フト」ですが、そんな結果が分かりきっていることを考えてしまうのです。・・・「やるべき」ことをやって、あとは世俗を離れて静かに余生を過ごせばいいことは分かっているのですが、どうも色々と気になってしまうのです。

 

 日を過ぎるごとに、「あのこと」や「このこと」が気になって仕方がないのです。・・・何か、吹っ切れる「事」は無いのでしょうかね?

 「強い心を持ちたい人は、強靭なメンタルを持つことだ」なんて言う人もいますが、その「メンタル」が、どうもグチャグチャでありまして、どうにもこうにも・・・